朝里は外食を済ませていたので,寮に帰っても取りあえずすることは何もなかった。取りあえずTVをつけてみた。朝里が9時前に寮に帰ることなど滅多になかったが,今晩はあの女から連絡が入るはずであった。外で何かしていて変なタイミングで電話がくるのも考え物だと思い,自宅待機することにしたのだ。
TVは巨人-横浜戦を実況していた。眼はTVに向いていたが,考えることは別だった。別れておよそ2時間が経過したが,女との記憶はかえって鮮明になっていくようだった。
朝里は女の着ていたスーツがC&Wのものだったのを確認していた。下着は,女の会話の中で,女自身がスィーサイド・ブロンズといっていた。
どちらも米国の通販メーカでスーツの方は割と普通だが,下着の方は悩ましいものを専門に扱っている会社で,日本ではそれほど知られていない通販ショップであった。
朝里はこれらの事をあらかじめ知っていたわけでなく,石神 由利と別れた後に,個人輸入を趣味としている,なじみの女友達に電話し,それとなく聞き出したのである。その女友達にしても,輸入するのは化粧品やビタミン剤,サイズの心配の少ないシャツや寝間着などで,スーツや下着などはサイズが合わないので,輸入する事はないと言っていた。
女の背が高いということもあるのだろうが,ブランドものではなく,通販もので固めるというのは主体性が強く,自分に自信のある女という印象であった。
そう言えば,化粧気のないのも印象的で,一緒にシャワーを浴びたとき,顔に湯がかかっても全く意に介さなっかたし,実際,近くで観察しても,しているのかしていなのか分からないほど薄い化粧であった。素材が十分に上質なので敢えて飾る必要はないと言うことであろうか。
女の話す言葉は滑らかな東京弁で,地方の匂いは感じられなかった。朝里は営業マンとして,人と話す機会が多かったので,地方から来た人なら概ね出身地域が特定できた。そんな経験から,東京近郊で生まれ育ったのであろうと,推定した。
女の職業が謎であった。水商売が本業であるようには思えなかった。さりとてOLなどの堅い職業にも見えなかった。
最大の謎は17万円である。女がギリギリの選択として,男に体を売ることで金を得るという決意をしたとは思えなかった。では,日常的にそういう職業についているのかというと,それにしてはそのときの行為は初々しかったし,場慣れしている感じも受けなかった。
朝里はいろいろ思考を巡らしたが,大した情報もないのにあれこれ推理しても,妥当な結論は得られないと考え,推論を打ち切った。