第1章 夢のはじめ(3)
ドアの前に立っている女は,外国人並に上背のある朝里が一瞬,自分より背が高いのではと錯覚したほど大柄であった。セージ色のコートを羽織っていたが,コートからはみ出した足は筋肉質で締まっていた。朝里は女を一目見て,いい女だと思った。コートを着ているのでスタイルは確認できないが,鼻筋が通っていて,ハーフではないかと思えるほど,顔立ちが整っていた。
女は,あなたの好きなだけチェックをしていいですよとでもいうように,胸を張ってしゃんと立っていたが,朝里が何も言わないで彼女をじっと見つめているので,先に口を開いた。
「お呼び立てして済みません。石神です。入っていいですか」
朝里は我に帰って,
「あ,初めまして。どうぞ中に入って下さい。」
と言って,後ずさりしながら入り口を空けた。女は入り口でパンプスを脱ぐと,スリッパに履き替え,朝里の後に従った。
「本当に来たんですね。イタズラ電話かと思ってた」
朝里は女に思っていることを言った。
「冗談だと思っていたんですね」
女は軽く微笑んでから,コートを脱ぐと,
「お手間を取らせて申し訳ありません。あまり時間が取れないので,いきなり本筋に入りたいんですけどいいですか」
と核心に迫ってきた。コートの下は薄い珊瑚色のスーツだった。
「ええ,いいですよ。僕もそれを聞かないと落ち着かないので。聞かせて下さい」
朝里はそう言いながら,コートを脱いだ女を上から下へと視線を移しながら観察した。
胸は盛り上がっているし,腰も括れているし,服の上から見る限りではスタイルは良さそうだ。もっとも,最近の女の中には,若いくせに下腹がせり出してしまっているようなのがいて,そういうのはなかなか服の上からは分からないのだが。
「実は,明日の朝までに17万円必要なんです。で,2時間3万円,一晩なら17万円ということで,お願いできないかと思いまして」
女は練習してきたとでも言うように,一気に,そして少し早口で言った。
朝里は女がいきなり商談を切り出したので,驚いた。しかし,同時に,この話がイタズラや冗談ではないことが明らかになり,自分の期待している方向に一気に進んだので安堵した。
「生憎17万円はないよね。クレジットカードで良ければあるけど」
安心した朝里は軽口をたたいた。
「現金,前渡しでお願いしたいんです。もし,お気に入りでなければ,そう言っていただけます。他の方を当たりますから」
女は決断を促した。
「それなら,今,午後の4時だから,6時までの2時間という事で,お願いしょうか。で,どういうサービスになっているんですかね」
「サービスって?」
女はオウム替えしに聞き返した。
「例えば,生出しありとか,いろいろあるでしょう」
「生だしは,お互いの安全のためにやめておきましょう。それ以外は,あなたが普段,他の女(ひと)にしている事なら,何でもしていいわ」
朝里は,彼女の立ち振るまいやサービスという言葉が理解できなかったような雰囲気から,女は商売人ではないと直感した。素人の,スタイルもルックスもいい,しかも理由(わけ)ありの女の子と,こちらの要求通りで,2時間,3万円で遊べるのなら不満はないと判断した。
「OK。交渉成立だ」
そう言って,朝里は財布から3万円を抜き出し,女に手渡した。
「どうも済みません」
女は軽く会釈して金を受け取ると,バッグを開け,金をしまった。
「早速で,悪いけどお風呂にお湯を入れてきてくれないかな」
朝里はベッドに腰を掛けながら言った。
「結構,人使いが荒いのね」
女はそう言いながら,入り口近くにあるバスルームへと入っていった。
ビデオはそのままになっていた。別の番組になったらしく,ベッドの上で茶髪の白人女が,アフリカ系の男に跨っているシーンが流れた。女は激しく腰を揺すって,嬌声をあげた。男も下から激しく突き上げていた。
朝里はバスルームの方に視線をやって,オレの彼女もこれくらい燃えてくれるとありがたい,と思った。
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