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第1章 夢のはじめ(2)

 仕事車でホテルに入るのは不味いかも知れない。そう思って,朝里は近くの駐車場に車を止めた。営業なので多少の現金の持ち合わせはある。軍資金の補充は不要と判断した。 彼は取りあえず電話ボックスを探した。この界隈の公衆電話には,ホテトルのチラシが神社の千社札のように張り付けてある。電話の女,石神 由利との話が不調だったり,裏があったときには,このチラシを使えばいい。朝里はチラシを2,3枚剥がし取った。どのチラシも結局の所,いくつかの業者に行き着くようになっており,色々,悩んで選んでもあまり意味がないのを朝里は知っていた。
 鶯谷の駅前は,ホテルが林立している。道ばたではアジア系の女性が立って,商売相手の男を捜していた。まだ夕暮れ前で日も傾いていないというのに,若いカップルや中年の男女達が,ホテルに入っていったり,出てきたりしている。それ以外の目的の人はこの界隈に集うことはないとでもいうように,彼らは堂々としたもので,悪びれたところは少しもない。
 朝里はそんなカップルを見ながら,適当なホテルを探した。どこでも良かったが,駅前から少し離れたニューシードというホテルに入っていった。朝里は遊び人ではなかったが,普通の大人だったので,この手のホテルには行ったことがあって,勝手は分かっていた。
 自動ドアを入ると,エレベータ横の壁に空室になっている部屋の写真が,バックライトで浮かび上がっている。平日の昼間だからどの部屋でも同じだな。朝里はそう思って,適当な部屋の番号を押した。
受付の女性は無言で部屋のカギを朝里に渡した。
 エレベータで部屋にたどり着くと,早速,携帯を取り出して由利を呼び出した。果たして彼女は電話に出るのか,それともただの悪戯なのか,ベルが鳴る間に,朝里の鼓動は高まっていった。
「もしもし,石神ですが」
 電話の声の主は,先ほどの彼女に間違いなかった。本当だったんだ。朝里は安堵感か広がってくるのを感じた。
「先ほど電話を頂いた,朝里です。今,ニューシードの603から電話しているのですが。
来ていただけますか」
朝里は,まだ,馴れ馴れしくするのは早いと思って,事務的に用件を伝えた。
「よかった。電話が来ないかなという気がしていたんです。鶯谷ですよね。10分くらいでそちらに行けると思います」 由利は明るい口調で言って,即座に電話を切った。朝里は部屋を見回した。入り口左手にトイレ,その先がバスルーム,右側が洗面所と狭い衣装入れ,突き当たりが部屋で,奥にダブルベッドが置いてあり,手前には小さな机と椅子が二脚,入り口に近いところにカラオケとビデオを兼ねたTVセットが置いてあった。少し狭かったかな,と朝里は思ったが他に選択の余地もなかった。
 朝里はタバコを吸わないので,こういう瞬間の時間のつぶし方が下手である。リモコンでTVを付けると,大相撲の中継が映った。これから私も一番取らしてもらいますか。朝里はそうつぶやいて,チャンネルを変えた。モザイクのかかった,洋モノのアダルトビデオが映し出された。今はもう飽きてしまったが,朝里は友人の伝(つて)で,もっぱら無修正のビデオを見ていたので,モザイクが改めて新鮮だった。
 こんなものを見て勃起したこともあったし,オナニーをしたこともあったな。朝里は懐かしい気持ちが湧いてきて,こんなモノにも敏感に反応していた若かった頃を思い出した。

 コンコンとドアをノックする音が聞こえた。朝里は立ち上がって部屋のドアを開け,入り口の扉を開けた。
 石神 由利がそこに立っていた。

第1章 夢のはじめ(3)
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