第3部 光の筋(2)
朝里と光代の話は弾んでいた。お互いの仕事のこと,共通の友人に関する最新の噂,社会情勢,話は盛り上がっていった。
「彼女,輸入の服着ていたんだよね」
「そう,国産品じゃなかった。どうですか,輸入服飾専門家のお見立ては」
朝里は光代にレポーターのように問うた。
「ブランドが個人輸入初心者のものではないのですね。結構,実績があるか,その関係の仕事をしている人ですね」
光代は朝里に合わせて,評論家のように答える。
「男からプレゼントされたという可能性はどうでしょうか」
「可能性はないとはいえませんが,殿方ならプレゼントは靴とかカバン,装身具でしょう。それに彼女の服は実用系で,プレゼント品ではありませんので,ご自分で購入されたと推定できます」
光代はそう言うと,コホンと空咳をして見せた。
「なるほどね。その関係と申しますと,どういう仕事でしょうか」
「個人輸入代行業とか,小さな商社などが考えられます」
「と,その仕事で穴をあけて,17万円が必要になったとか」
「うーん。その可能性は少ないですね。その程度なら伝票操作とか,どうでもなりますよ。朝里さんだってよくやるでしょう。ですから,本当に17万円が必要だとしたら,むしろ,そのような職業には就いていないと考えるべきでしょう」
「つまり,真っ当な職業には従事してしないと仰有る」
「そうです。ただ,私は,彼女は本当は17万円なんか必要ではないのでないか,単にゲームをしているだけなのではないか,そういう感じがしてなりませんね」
「ほーう,ゲーム?」
「誰か,友達と賭けをしたとか,そんな軽い感じもするのですが」
そこまで,会話を進めると2人は元に戻った。
「ゲームというのは僕も最初から感じていたんだ。17万円が必要だという割には切迫感がないんだよ,彼女には」
「でしょう。お金の話は嘘かも知れないし,横浜の話だってフェイクの可能性もあるわ」
「そこまで否定してしまうの?」
「だって,見たわけではないんでしょう。全ては彼女の情報なんだから,本当かどうかは裏が必要よ」
「電話の感じでは嘘には思えなかったけどね」
「私は電話を聞いたわけではないので,何とも言えないけど。何でも疑って見ることは必要よ」
「それじゃ,これから聞かせてくれるという,渋谷の男との事はどうなるの」
「単なる露出狂かも知れないわよ。自分のセックス見せたがる人って,結構いるのよ」
「じゃあ,実際に彼女とセックスした僕はどうなるの?」
「貴方を狙っていたのか,たまたま貴方が釣り上げられたのか・・・」
「そこまで言うのか。相変わらずだなあ」
朝里はいつも通りの光代の冷徹な分析に感心した。
全てが仕組まれた出来事であるという,光代の主張を否定する証拠を朝里は持ち合わせていなかった。
しかし,朝里が知っていて,光代が知らないことがある。それは,由利との接触感である。朝里が由利と実際に会っているし,関係して得た雰囲気や反応についての情報がある。朝里には,全てが作り事であるとは,到底信じられなかった。
「まあ,これから電話が入ってくるだろうから,それを聞けば少しは考えが変わるんじゃないの」
「別に,私は考えを決めているわけじゃないのよ。いろいろな可能性や味方を披露しているわけ。本当のことは結局誰にも分からないんだから」
そこで,会話は一端途切れ,2人はそれぞれ飲み物を口にした。
2人はテーブルに置かれた,携帯電話を見つめた。いつ電話が鳴り出すのか。この電話が,由利の真実を知らせてくれるのだろうか。
光代は片手を伸ばして,携帯を握ろうとした。その瞬間,携帯が鳴り出した。光代は慌てて手を引っ込めた。
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