第2部 縁の糸(3)
時間は21時を過ぎていた。朝里と由利が別れたのが,18時を少し過ぎた頃であった。女が一晩で17万稼ぐためには,5人の相手を探さねばなるまい。そのうち1人は朝里で,更に朝里は,最後の1人としても立候補していたので,女は3人の相手を探さなければならない。深夜になれば人を探すといっても,簡単ではなくなるだろう。ということは今頃が勝負時である。
一人で商売するのは,中間でマージンを取られることがない分,実入りは多いが,一方,組織を持たないだけに,相手を捜すのが大変だろうし,事故の危険も大いにああるだろう。世の中の男は,朝里のような紳士ばかりではないのだ。
朝里は,思いを巡らせても何の役にも立たない事を,あれこれ考えていた。そんな事を考えるのは馬鹿馬鹿しいと,自分の頭の中の半分は抑制しようとするのだが,頭の半分は抑えきれず,勝手に活動し,次々に思いが巡らされていくのであった。
朝里にとって,今一番,興味を引かれることは石神 由利の事であるから,それは自然なことであった。そう,考えたければいくらでも考えればいいのさ,朝里はそう納得した。
朝里は,そんな事を考えながらTVをながめ,缶コーヒーを飲んでいた。
何とも中途半端な時間が過ぎていった。
再び,携帯電話が鳴りだした。
朝里はベルの音を聞いた瞬間,電話を取る前から,直感で由利からの電話ではないと感じた。
「はい」
朝里は相手を探るような低い声で,応対した。
「ハーイ。あたしよ。なんか,まだ早いのに部屋にくすぶっているみたいね。体の調子でも悪いの?」
女からの電話であったが,それは石神 由利でなく,野本 光代という,彼の女友達の一人からのものであった。光代は,いつも元気溌剌としていた。
朝里は,最前,光代に個人輸入に関して,問い合わせの電話をしていた。光代から電話があったのは,その件に関してであろうと,朝里は思った。
「何で電話したか分かる?」
光代は冷やかすように言った。声の調子は,私は何でも知っているのよ,と言っていた。
「全然。君こそ,こんな時間に,電話してきたりして,時化こんでいるわけ?」
朝里は軽く逆襲した。
「私の事はいいのよ。それよりあなたよ」
光代は朝里の相手をせずに,話し始めた。
光代は,朝里が,普段,関心を示さない個人輸入のことや,洋服のメーカなどを問い合わせて来たことで,すぐに閃いたのだという。
朝里が新しい女と出来ている,光代はそう直感し,電話を掛けてきたのだった。
「まあ,そんな所なんだけどね」
朝里は悪びれることもなく,女との一部始終を光代に告げた。
「へー,そうだったの」
光代は,素直に驚いた声を出した。彼女も興味をそそられたようであった。
朝里にしても,光代にしても,互いに大人の関係であるから,相手が誰と付き合おうが,それを嫉妬したり,妬んだりということはしないのである。聞かれれば他の相手のことを教えるが,そうでなければ余計な情報は漏らさない。朝里が先ほどの電話で,由利の事を伏せておいたのは,ルールに適っているのであった。
「と言うことは,今,その女の人からの連絡を待っているわけだ。それじゃ,電話をふさいじゃ悪いわね」
光代は,朝里に気を使っていた。
「大丈夫。今は掛かって来ないよ」
朝里は落ち着いた声で,ゆっくり答えた。今は,光代と話をしていたい。朝里は,そう思っていた。
「どうして分かるの?」
光代は,素朴に尋ねた。
「直感だよ。ただそう思っているだけ。でも,多分,間違いない」
朝里は自信を込めて言った。
「そうなの。あなたがそう思うなら,そうでしょう。でも,待ちぼうけじゃヒマでしょ。出てきて,どこかでお茶でも飲まないこと。夜は始まったばかりでしょ。おネエさんが,相手をしてあげるわよ」
おネエさんと言っても,光代は28歳で,朝里より年下である。彼女はイベントコンパニオンを,生業にしていた。
バブルの頃は花形で,その後,仕事が急激に減り,今は少し盛り返してきた職業である。彼女の強みは,単に与えられたセリフを丸暗記して,それらしくしゃべってしまうと言う技だけでなく,実際に説明内容を理解できてしまうことで,そんな才能を買われて,クライアントから指名されることも多かった。実際,彼女はオートバイ,無線,パソコンといった,女性の割合があまり多くないジャンルを趣味としていた。
光代も今晩は手持ちぶさたらしく,朝里に付き合うと言った。朝里も勝手を知っている光代と時間を潰せるのなら,悪くないと思った。
「じゃあ,途中で拾って行くから。30分後くらいでいいかな」
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